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8月, 2025の投稿を表示しています

わが師・わが友―大友信一先生―

 大友信一先生からは、多くのことを学ばせていただきました。 特に、大友先生の師である山田孝雄(当時は定年していたため、指導教授は佐藤喜代治)の話は興味深いと感じました。 山田孝雄は、酒はあまり飲まず、甘いものが好きで、弟子に連歌、仏教、五十音図の研究を勧めていたそうです。 また、係助詞は「かかりじょし」、倭玉篇は(わぎょくへん)と発音していたそうです。

わが師・わが友―和田利政先生―

 和田利政先生とは、研究会や学会のあとの懇親会でご一緒して、さまざまなことを教えていただきました。特に印象に残っているのは、折口信夫の話と、『学研国文法』の話です。 折口信夫は、もともとは「おりくちのぶお」でしたが、安田喜代門(やすだきよもん)と教授会で意見が対立したときに、お互いに、名前の読み方を「おりくちしのぶ」にしたらいかがですか?「やすだきよと」にしたらどうですか?という応酬になったそうです。それ以来、「おりくちしのぶ」になったとのことでした。 『学研国文法』は名著でしたが、教授資料として使用されていました。そのため、旺文社から、もう少し学生向けに簡約版の依頼があったのですが、面倒でそのままにしてしまったそうです。すばらしい本なので、惜しいと思います。この本の例文は、主に岡崎正継先生が、収集されたものだそうです。「岡崎さん、ここまでこだわって用例を探すことはないのに」と和田先生から言われたと、岡崎先生はおっしゃっていました。

わが師・わが友―蓮見行廣先生―

 蓮見行廣先生には、東洋大学のスクーリングでお世話になりました。 辛口ですが、不思議な先生で、雑談がおもしろい印象がありました。また、太い線や細い線 に注目していく内容がおもしろいと感じました。

わが師・わが友―三宅高司(三宅相舟)先生―

 三宅相舟先生からは、現在では廃止になってしまった東洋大学のスクーリングでお世話になりました。かな書道がご専門でしたが、スクーリングでは、漢字も教えていただきました。漢字は、全体的に骨太の漢字の書体でお書きになっておられました。また、仮名は、指を二本がけにしてお書きでした。

わが師・わが友―松田喜好先生―

 松田喜好先生の「伊勢物語」と「枕草子」の授業を受けていました。どちらかというと、演習ということもあり、「伊勢物語」のほうがおもしろかった記憶があります。諸注釈を比べてみる感じで、よい授業でした。