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わが師・わが友―池上嘉彦先生―

私が初めて放送大学に入学したいと思ったきっかけは、池上嘉彦先生の授業を受けたかったからです。 テンポのよい放送授業は、面白くて、「英語6」「自然と文化の記号論」ノートをたくさん取りました。ノート持ち込み可でしたので、よい成績をいただくことができました。 その後、東京言語研究所の講習会などで、実際の講義を拝聴し、さらにテンポのよい講義に魅了されました。『「する」と「なる」の言語学』を読んでいると、池上先生の声が聞こえてくような気がします。   そして、今年、20年ぶりに放送大学に復帰しました。 今は自宅でインターネットで単位認定試験を受けることができるのですね。 テキストと放送は、さらに充実したものになり、工夫されていますね。

わが師・わが友―杉浦克己先生―

パソコンを駆使していた国語学者としては、放送大学・大学院のころの指導教授であった杉浦克己先生のことが思い出されます。平成の初期の時代でありながら、インターネット、スカイプ、テレビ電話をつないで、学生指導をされており、対面講義でも駆使し、「書誌学」「日本語学」の体系的な内容は、魅力的でした。   現在、Googleシステムは、進化していますね。日々の授業でもGoogleシステムを活用しています。学生にも勧めています。杉浦先生がご存命でしたら、どのように活用なさったのか、気になるところです。

わが師・わが友―新井慧誉先生―

新井慧誉先生は、大学では英語と仏教を教えておられました。ご住職でもあるので、お彼岸のころは、いつも休講でした。 仏教の講義のときは、全員で般若心経を唱えてから始まるのが定番でした。短めのレポートを毎月提出して単位認定するという方式でした。  人生辛いとき、シェリーの詩の一節、「冬来りなば春遠からじ」という言葉は、かみしめたいものですね。 いつも変化するのが人生ですしね。

わが師・わが友―戴恩記―

 はじめまして。岡田純快(おかだじゅんかい)です。 このブログでは、私の教わった先生方や友人を少しずつ紹介していきます。また、恩書などにも紹介していきたいと思います。 英文学者で東洋大学教授であった奥井潔さんの『イギリス文学のわが師・わが友』、江戸時代初期の学者である松永貞徳の『戴恩記』に触発されたのが、きっかけです。 アメブロやカルチャーでは、岡田人篤(おかだじんとく)の名前でも活動しています。 よろしくお願いします。